生体機能を理解する上で、顕微鏡は極めて強力なツールです。特に電子顕微鏡は、最近の革新的な装置開発によって、タンパク質の3次元原子構造の決定や、細胞・組織の高分解観察のツールとして大きく飛躍しています。我々は、この進展著しい親水環境での電顕観察法、すなわちクライオ電顕や水中観察電顕を駆使し、生化学と生物物理と無機化学的な手法を組み合わせて研究を進めています。細菌と細菌が形成するバイオフィルム・原虫・ウィルス・脳神経・骨内でのシグナリングなどがテーマで、その解明のために、氷の中で様々に向いたタンパク粒子を撮影し3次元構造を計算する単粒子構造解析を行ってます。また、大きなレベルでの解析は、水環境で細胞・組織の微細構造をそのまま観察できる大気圧電子顕微鏡(ASEM)と光学顕微鏡で撮影した細胞内複構造をAI・情報学と組み合わせ解析しています。
1. 電子顕微鏡( 電顕) 単粒子解析法を開発することによって、神経細胞膜チャネル・受容体など生理機能に重要なタンパク質の構造を解析し、脳の柔軟さを制御する分子機構の研究を行っています。最近の成果では、脳活動などに重要な様々の膜タンパク質の3次元構造を決定しました。世界的な潮流となってきている極低温電顕による単粒子構造解析法の開発に長年取り組み、個々のタンパク質粒子を撮影し情報学的に解析することで、電圧感受性Naチャネル[Fig:1]、TRPC3・ORAIチャネルやIP3受容体[Fig:2]、アルツハイマーの原因β-amyloid を生産するγ–secretase、老化や癌防止に重要な酸化ストレスセンサーKeap1の構造を世界に先駆け決定しました。
Fig. 1 極低温電子顕微鏡と解明された電圧感受性Naチャネル構造。3次元構造計算には、脳の情報処理を模したNeural Networkなどの最新の情報学を用いる
( nature 2001)。
Fig. 2 IP3受容体チャネル (左; JMB 2004)と老化を防ぐ酸化ストレスセンサー Keap1(右; PNAS 2010)の構造
2. さらに、細胞内でこれらタンパク質の複合体形成やその働く機構を理解するために、水中で細胞を直接高分解能観察できる大気圧走査電顕(ASEM) を開発しました。これにより、微小シナプスやその内部も観察できるようになり、タンパク質の神経細胞内での複合体形成や機能の解明を行っています。両方法を組み合わせ、分子と細胞・組織をつなぐ総合的な理解、特に神経機能の理解を目指しています[Fig:3]。
Fig. 3 水中の細胞が直接見られる大気圧電子顕微鏡ASEMを日本電子と共同開発(左; JSB 2012)、微小な結線によるシナプス群を観察(中)、正常な脊髄(右:第1カラムの2枚)と白矢印の癌細胞が転移した脊髄(右: 第2カラムの2枚 ; IJO 2015)
水中が見える大気圧走査電子顕微鏡ASEMによる
マイコプラズマ迅速観察法の開発
マイコプラズマは肺炎や様々な病気の原因である。現在大流行中のマイコプラズマ肺炎は、特に早期診断法が求められている。しかし、マイコプラズマ感染症は早期診断が難しい。それは、この菌が光の波長よりも小さく、光学顕微鏡(光顕)では観察・認識が難しいからである。電子顕微鏡はより詳細な構造が観察できるが、真空中で撮影する必要がある。真空に耐える前処理に時間がかかり、早期診断には間に合わない。電子顕微鏡と半導体製造技術の融合により産総研と日本電子が共同開発した大気圧走査電子顕微鏡は、水環境中でのマイコプラズマの直接観察を可能にする。本観察法は、マイコプラズマの迅速診断への道を拓くのみならず、今マイコプラズマ対策として求められているその増殖や感染機構の解明など基礎研究に広く活用できる。
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酸化ストレスセンサー(Keap1)の
電顕単粒子解析
大気圧走査型電子顕微鏡(ASEM)の開発
溶液中で細胞を観察できる大気圧走査型電子顕微鏡(ASEM)を日本電子との共同研究により開発した。精製さえできれば単粒子解析法が可能であるが、不安定な超分子複合体は、精製すら受け付けないことも多い。そのような複合体を細胞中で観察するため、電子顕微鏡と半導体製造超薄膜技術の融合により、体の組織や細胞を乾燥させずに、固定するだけで液中で直接観察できる走査電子顕微鏡を開発した。そこでは、薄膜で真空と細胞とを隔離することで、8nmの高分解能観察を達成し、更に蛍光光学顕微鏡での同視野相関観察を実現している。
この大気圧に保持した試料を観察できる倒立型の走査電子顕微鏡ASEMは、電子線を透過する耐圧薄膜SiNを備えたディッシュを用いる。従来必要であった試料を真空中で撮影する為の前処理(数時間~数日以上に及ぶ脱水・乾燥等)は不要となり、これに伴う試料の変形・変性の恐れも回避できる。また薄膜上方に光学顕微鏡も配置しており、蛍光染色による細胞内ダイナミクスの観察と固定後にSEMによる高分解能観察が可能になる。ディッシュは開放系であり、細胞の初代培養も可能で薬を作用させたり、ウイルス感染させた後で固定し、高分解能観察することができる。